2012年 07月 22日
河合センセの『しあわせ眼鏡』 |
眼鏡を換えたら、見えるものが変わって来る。
白洲正子さんの自叙伝から〜
母親よりも密接な関係で、献身的に尽くしてくれたお手伝いさんが脳溢血で倒れた時、正子さんはとっさに
「パンが食べられなくなる」
と思った。そのお手伝いさんがいつもパンを作る酵母菌を調達してきていたのだ。
正子さんは、薄情な自分自身を八つ裂きにしたい悔恨の思いを抱き続ける。
しかし、河合センセは言う。*以下、私なりの解釈ですが。
あまりにも大事な人を失わんとする時、人は無意識に安全弁が働いて、どうでもいいようなことを考える。そうしないと、後追いをして死ぬことさえあるからだ。
哀しみは後からじわじわと来る。
そうした悲しみを抱えていたからこそ、白洲正子は自由闊達に生き切ったのだ、と。
人のココロの不思議を、河合センセはわかりやすく解きほぐす。
簡単に人のココロなんてわかるはずないと思ってよろしいのだ、わはは。
そう考えたら、どんだけ気がラクになることか。
いろんな見方、考え方があっていい。
できれば、「こうでなければならない」を手放し、「こういう考えもあるのね」と聴く耳を持とう。
眼鏡はいくつか持っていたほうがいい。
白洲正子さんの自叙伝から〜
母親よりも密接な関係で、献身的に尽くしてくれたお手伝いさんが脳溢血で倒れた時、正子さんはとっさに
「パンが食べられなくなる」
と思った。そのお手伝いさんがいつもパンを作る酵母菌を調達してきていたのだ。
正子さんは、薄情な自分自身を八つ裂きにしたい悔恨の思いを抱き続ける。
しかし、河合センセは言う。*以下、私なりの解釈ですが。
あまりにも大事な人を失わんとする時、人は無意識に安全弁が働いて、どうでもいいようなことを考える。そうしないと、後追いをして死ぬことさえあるからだ。
哀しみは後からじわじわと来る。
そうした悲しみを抱えていたからこそ、白洲正子は自由闊達に生き切ったのだ、と。
人のココロの不思議を、河合センセはわかりやすく解きほぐす。
簡単に人のココロなんてわかるはずないと思ってよろしいのだ、わはは。
そう考えたら、どんだけ気がラクになることか。
いろんな見方、考え方があっていい。
できれば、「こうでなければならない」を手放し、「こういう考えもあるのね」と聴く耳を持とう。
眼鏡はいくつか持っていたほうがいい。
by cs-nanri
| 2012-07-22 07:47
| 本がなければ